2010年6月17日木曜日

スイッチ

その日は、朝から曇り空。
何かが起こりそうな予感。

初めてのデートから一週間たった日曜日、俺は、いつに無く早起きして、朝から活動を開始した。
洗濯物を片付け、取り付かれたように部屋の模様替えをし、ソファーカバーを整えた。買っておいたカーテンも付け替えた。
時間が午後3時を過ぎ、怪しかった天気が雨に変わる頃、俺は一通りの作業を終え、掃除機をかけていた。
電話が鳴った。

「はい、もしもし?。」

俺は、事務的とも言えるクールさで、電話に出た。

「もしもし?。To-Maクン?。ワタシ。」

来るとは思ったが、何?、この性急さ?。
いや、舞い上がったら駄目だ。最初が肝心。クールに。今回はクールに行くことにします。

短い時間で考えを巡らせる。
俺は、君に好意を抱かれたからと言って、それだけで、君のワガママをニコニコしながら聞くような、かつての君の恋人達とは一味も二味も違う男なのだ。そういうことをアピールすべく、ああ、電話してきたんだ、(来ると思ったけど、)どうしたの?。と言わんばかりの、やさぐれ感?を漂わせようとして言った。

「ああ、君か、ど・」
「あのね、私、いま、***のDQっていうカフェに居るの。」

俺が、クールに会話を終わらせる前に、彼女は又しても、性急に話し始めた。

「あ、そうな・」
「雨降ってるね。」

ヒトの話しは、最後まで聞け。
というか、何?、何なの?、何でそんなに急ぐの??。お願いだから、僕の言う事も聞いください。

俺の、そんな、ささやかな願いは、更に性急な彼女の要求を前に、木っ端微塵に粉砕された。そして、俺は、それまで感じたことの無い戦慄に、声を震わせるのだった。彼女は言った。

「傘、持って来て。」
「え?。傘?。(なんで?。)」

「ワタシ、今、傘もってないの。」
「・・・、俺、今、家だからさ、持って行ったら30分ぐらい、いや、もっとか。・・・かかると思うけど・・。こういうこと言うのもなんだけど、傘ぐらい、買えばい・」

「嫌なの?。」
「え?、嫌とか、嫌じゃないとか、そん・」

「じゃあ、いいじゃない。”このワタシ”に会いたくないの?。」
「(”このワタシ”に会いたくないの?)。」

彼女の言葉が、俺の今まで未開発だった、自分でも気が付かなかった場所を確実に貫くのを感じた。
煙草に火を点けて、ゆっくりと一息吸った後、俺は言った。

「会いたいよ。会いたいに決まってるじゃないか。あれから、ずっと君のことを考えていた。むしろ、君のこと以外、何ひとつ考えなかったと言っても過言じゃない。(過言ですね。)でも、この気持をそのまま君にぶつける訳には行かないと思っていたんだ。だって、そうだろ?。君だって、いい大人が、経験したことの無い、激しい想いに胸を焦がしているなんて、正確にイメージできる筈も無いと思ったからね。だけど、もう、そんな下らない駆け引きはしないよ。正直に告白するよ、今、俺は、君に会いたい。」


「うふっ(当然でしょ)。じゃあ、持って来て。待ってるから。」
「OK。じゃあ、後で。」

完全に変な所のスイッチが入ってしまった俺は、急いで身支度を整えると、完全に勘違いして倒錯した”騎士道精神”のようなものを纏って、彼女の待つその場所に向かうのであった。


だけど、顔は半笑い。

2010年6月14日月曜日

7月

アイツの新作は、知り合った頃の展覧会場で、俺を魅了した瑞々しさを蘇らせていた。そして、その事実は、どんな”コトバ”より雄弁に、関係の終わりと、その結果を俺に物語っていた。それなのに、本気で、不安そうにアイツは俺の”コトバ”を待っている。

まだ、俺という人間に対する信頼のカケラが残っているのだろうか?。

恐らく、そうではない。
はじめから、アイツは何も変わっていない。 素朴な、認証に対する頼りなさ、それを俺は判って弄んできただけだろう。いや、結局、何も出来なかっただけだ、というのが、より正確かも知れない。

今の俺に、偉そうにアイツの作品を語る”コトバ”など。
俺などよりも、もっとマトモな男が、アイツの良いところを見出すに違いない。
疚しさと寂しさ、不思議な安堵感と未練。
”コトバ”を飾れば飾るほど、女々しい未練が俺の顔に浮き上がって来るに違いない。

俺は、アイツに顔を寄せて、アイツの横顔に向かって言った。
「そんなことよりさ、もう一度、ヨリ戻さない?。」
耳元で囁かれたアイツの表情が、一瞬で曇る。嫌悪に染まる。


ポツポツとやって来る来客の対応をしている、アイツを視線の端に捕らえながら、階段を昇って俺は外に出た。

冷房の効いた屋内から出ると、初夏の太陽に温められた、埃っぽい大気が俺を包む。不快な息苦しさを感じながら、俺はぼんやりと俯いて歩いた。自分の頭がどこにあって、その表情がどんな風にみえるのか、自分でも良くわからない。そうやって歩きながら、俺は、顔を上げることが出来なくなっていた。眩しかったからではなく、すれ違う人間の誰にも、自分の顔を見られたく無いと思ったからだった。

2010年6月10日木曜日

師匠

「”ミケランジェロ”の伝記みたいなの、最近読んだんだけどさ、なんか、イイんだよねえ。」

「・・・えーと、何が?。」

「すげえ変なヒトだったらしくてさ、人格が壊れてるというか、恋愛下手っつーか、なんというか、そう言うの読んでるとさ、やっぱ、アーティストってのは、そうなんだなあ、むしろ、そうであるべきなのでは?。なんて思ったり、思わなかったり。」
「・・・ふーん。」

「あれ?、反応うす!。というか、薄すぎじゃねえの?。」
「だって、俺ら”ミケランジェロ”じゃねえからさ。関係ないと言えば関係ないよな、なんて。」

「関係無いって・・・。イヤイヤ、そういうのはどうかな。もっと、こう、謙虚に学ぶ姿勢?みたいなモンが大事なんじゃねえかな。今、僕たちには。」
「だとしても、”ミケランジェロ”から、”恋愛下手”学んでどうするよ。つー話しだろ。ははは。」

「ははは。まあな。・・・。」


「・・・俺、猫飼ってんじゃん。」
「ああ、飼ってるね。」

「アイツら見てるとさ、イカン!。これじゃイカン!。と思わされることが多いんだよな。」
「・・・うん?。何の話し?。」

「イヤ、俺がさ、下らない事、ブツブツ、猫抱えて言ってとさ、スゲー、ツマンネー、って顔して、その内、どっか行っちゃうんだよね。」
「それこそ、関係ないんじゃねえの。」

「まあ、そうなんだけどさ。それで、暫くしたら、何事も無かった様に、甘えて来るんだよ。」
「・・・で?。」

「やっぱ、人間ってさー、イチイチ反応して、わざわざ問題をややこしくしてるとこあるかなー。なんて、思ってさ。」

2010年6月9日水曜日

ラブレス

どこか、名残惜し気な顔をする彼女に促されるまま、駅前にあった古びた喫茶店に入った。
そして、二人は、時代に取り残されたような、その薄暗い純喫茶のソファーに腰を落ち着けた。

半日一緒にいて、”微妙な気疲れ”を感じていた俺は、ぼんやりと彼女の話に耳を傾けていた。
彼女はさっきから、自分が如何に家族を愛しているかについて、嬉しそうに話している。両親がとても素敵なカップルであること。そして、自分がどれほど幸福で利発な少女だったか、どれほど愛されたか、について。

素敵なカップルのような両親も、利発で愛くるしい少年だったという記憶も、他人に誇るように話す内容を、俺は持っていない。成る程、彼女のように、天真爛漫でヒトを魅了する快活さを持った人間は、やはり家庭環境からして違うのだな。などと、初めは素直に興味を持って聞いていた俺なのだが、前夜、あまり寝ていなかったせいか、少し眠くなって来た。

理由の一つには、こちらの反応が弱いにも関わらず、一定の快活さで続く彼女の終わりの見えない話し方がある。瞼が抗いがたい力で、俺の眼球の上に圧し掛かって来る。彼女は、そんな俺に気付いているのか、いないのか、変わらぬ微笑みを浮かべて、話し続けている。

ああ、優しいんだ。コイツ、意外に。このまま眠れたら、ちょっとイイかも。
大切なものを見る努力もせず、ムシの良い、甘ったれたことだけを考えながら、俺は眠りに引き摺りこまれて行った。

波間に漂って生暖かい水面(みなも)を上下するように、心地よさと息苦しさが入り混じった、半醒半睡の朧(おぼろ)な意識の中、何度か俺は彼女が其処で、笑っているのを見た。
そうしている内に、ようやく、俺は気付く。彼女の話が、少しも中断していないという状況の異常さに。

眠りから覚めた俺が、姿勢を正して、彼女をまともに見ても、彼女は、寝ぼけた人間を相手するようなリアクションを、全く取らなかった。初めは、それも、彼女なりのユーモアなのかと思っていたのだが、どうやら、違うらしい。

俺は、今度こそはっきりと目を醒ました。

彼女は、俺が寝ていようが寝ていまいが、全く意に介さず、ただ、自分の幸せな少女時代の思い出を、2時間以上も、語り続けているのだった。

彼女は、まだ微笑みながら話し続けている。

だが、俺にはもう、彼女の声は聞こえて来なかった。嬉しそうに見える彼女の表情は、俺が漂っていた波に浚われて、恐怖する子供のように歪んで見えた。彼女は溺れまいとして、水面に浮いたり、沈んだりしながら、必死で息をしようとしている。その表情に、怒りを込めた精一杯の抗議を、俺は見たような気がする。

彼女は、”怒りながら笑う、とても個性的なヒト”なのかも知れない。でも、このままでは、彼女は怒りながら、笑いながら、泣いたような顔をした後で、叫ぶという、もっと個性的なヒトになってしまうかも知れない。だとしたら


でもなあ、俺も君と同じくらい”ぶっ壊れてる”んだけどなあ。
一緒に溺れて沈んで行く恐怖に顔を強張らせながら、俺は微かに笑った。

勿論、こんな男は、どちらにせよ、彼女から死ぬほど辛い目に会わされるのだった。

2010年6月8日火曜日

僕の何が分かると言うんだい?

「君に、僕の何が分かると言うんだい?。」

「わかんねーよ!。」「分るよー。分る、分る。」「判りました。もう結構です。それでは。」「もう、いい加減、分ってよ。」「解るまで、暫く会わないほうがいい。」「どうせ、分んないんだから、放って置いてください。すいません。」

「やっぱり、わからない。」

「悪いとは思うよ。でも、分らないままこうしてちゃ、いけないと思うの。」「分らん奴には、何を言っても、無駄だよ。」「本当は、分ってるんだろ?。」「解るよう、努力はするつもりだよ。」「いつか、分るといいね。」

「私に、あなたの辛さは分からない。だけど、それは、私には辛いことなの。」

「分りたくないんだ。」「もう、いいよ。分ってもらわなくっても。」「分かり合えないことが、よーく分ったよ。」「分る気がする。でも、、思い違いかな。」

「分るまで、分らないんだよ。そういうものさ。」

「馬鹿。」

2010年6月7日月曜日

ここに2枚の写真がある

ここに2枚の写真がある。
撮られたタイミングの隔たりが、1、2秒という短い時間だったのだろう。写っている人物は、一枚はカメラの方を見詰め、もう一枚では顔を僅かに、カメラから叛けている。

そこには、すこし前に流行った”ステレオグラム”のように、微妙な視覚情報の差異が焼付けられている。
勿論、時間軸上の微妙な差を左右の視覚で捕らえても、正確な立体像を結ぶことは無い。だけれども、明瞭なイメージを結ぶことの無い、ズレを抱えた、この2枚の写真は、その破綻した表情の隙間から、イメージよりも、もっと肉感的な記憶を呼び覚ます。

目覚めた後で、思い出して辿ろうとする夢の記憶の様に。
「消えていく」領域を繋ぎとめようとする時に感じる、もどかしい思い。

世界は君を中心に回っているわけじゃない、とそこには書いてあった。

「好きなの?。」

音楽は、さっきより、いっそう激しくうねり始める。

語らなかったこと、語れなかったこと。

黄色の中の黄色、シロのなかのシロ、

闇は言った。「私は光だ。」

目が覚めたら、正午だった。
アイツはもう居なかった。初めから居なかったのだと思って、嗚咽し始めると「これは夢だ。」と、俺の声が俺に告げた。

2010年6月5日土曜日

Empathy

俺は言った。
「だから、今、祈るより他にできることはないんだ。」

俺の前で挑むような眼差しを向けていた彼女は、まっすぐ俺を見詰めたまま言った。
「わかった。祈るわ。」

状況の全てを、受け入れて包み込むような、決意と慈愛に満ちた言葉だった。

俺達は、何か特別な祈りの対象を共有していた訳ではない。
しかし、彼女のその言葉には、生命を生み育んでいるものが持つことの出来る、”Empathy”が込められていた。彼女にとって、当たり前すぎるほど当たり前な”Empathy”。そして、その外側。

今もし、外側に居たいと望むなら、本当に俺はどこにも帰れなくなる。

内面の混乱を悟られまいとして、俺は彼女に「頼む。」と短く言った。
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